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???そう。彼が帰ってきた。しかもなお、血に飢えて。『羊たちの沈黙』から10年、同作品でアカデミー賞主演男優賞に輝いたアンソニー・ホプキンスが再び演じるハンニバル・カニバル(人食い)・レクター博士は、イタリアで芸術を学び、エスプレッソをすすりながら、優雅に暮らしていた。一方、ジョディ・フォスターに代わってジュリアン・ムーアが演じるFBI捜査官クラリス・スターリングは、あまり恵まれた境遇にない。当初からアウトサイダーのクラリスは、お役所的なゲームに身を置くことのできないむっつりした一匹狼となっていて、そのために苦しい立場にいる。さらに、麻薬取引の手入れの失敗で左遷の憂き目にあい、そこへレクター博士の犠牲者唯一の生き残り、メイスン・ヴァージャー(ゲイリー・オールドマン)に呼ばれてちょっとした質問を受けることになった。レクター博士にそそのかされて自らの顔の皮をはいだヴァージャーの顔面は、恐ろしく変形している。クラリスは、彼がレクター博士をおびきだすためのエサとして自分を使おうとしていることなど、露知らなかった。
???ストーリーの大筋はトマス・ハリスの同名小説を下敷きにしているが、表現方法には大きな違いがあり、これはこれ独自のものとして観ることを迫られる。監督のリドリー・スコットは、この作品にしゃれたヨーロッパ・テイストを加え、前作では典型的アメリカ人のクラリスを中心としたのに対し、この映画は全編ハンニバル・レクター博士だけに視点を置いている。たしかに、それはそれで効果的とも言えるが、そこには限界がある。スコットは不気味なムードを巧みに演出してはいるが、それが結局は期待はずれに終わる。ハンニバルを捕らえて人食いブタに食わせようというヴァージャーの計略は、なくてはならないはずの心の底から震え上がるような恐怖を感じさせないし、鳴り物入りのクライマックスのシーケンス、クラリスとレクター博士ともうひとりの不運な客との食事シーンは、パロディだかホラーだかよくわからない。ホプキンスとムーアはいずれも一流だが、『羊たちの沈黙』ではレクター博士とクラリスとの相互作用がすばらしい効果を上げていたのに対し、この映画では両者をできるだけ離しておこう、離しておこうとしている。ようやくふたりが結びついたところは思わずぞくぞくさせられるが、残念ながら、時すでに遅しというところだ。(Mark Englehart, Amazon.com)
おすすめ度:
詰め込みすぎたと思います。焦点を絞って欲しかった。
どうしても「羊たちの沈黙」と比べてしまいますが、
こちらはクラリスとハンニバルの関係が充分に描ききれていなかったと思います。
(個人的な期待はここにあったのに…)
イタリアの刑事が金目当てに動きますが、ハンニバルに適うわけがありません。
結構怖いし、スリルがあるにはあるのですが、何を中心に描きたいのかわからず、
焦点がぼけている気がします。(こちらに読み取る力がないのかもしれませんが。)
結果、前作ほどの迫力が感じられませんでした。
そう、あのいい意味での「むなくそ悪さ」が欲しかったんです。
クラリスも今回はなんだか扱いがおまけみたいです。ジュリアンムーアが不憫です。
あんなに美しいのに。これで40歳なんて信じられない。
最後のパーティードレス姿を見てください。スタイル完璧すぎる!!やばい、貢ぎたい…。
と、単なるジュリアンムーア鑑賞映画になりつつあります。それはそれでありか。
ロマンチックな映画でした
微妙な評価を耳にしていたので失敗作なのかと思っていたら、自分で驚くほど楽しんでしまひました。私は中性的なジョディ・フォスターよりフェミニンなジュリアン・ムーアの方が好きですし、アンソニー・ホプキンスの演技も前作より陰影があるように思います。
フィレンツェのシーンが長すぎる感はあり脚本のバランスがいささかよろしくないです。しかし静的な雰囲気、色彩、音楽と全体として素晴らしくスタイリッシュな映画です。
悪魔か神かというハンニバルと「決して堕落しない」「真っ直ぐな矢のような」女・クラリスの運命の絆の物語なんですね。ハンニバルがその清廉さを認めた女だけは絶対に無事という構図なので、図々しくクラリスに自己投影していれば安心して見ていられます(笑)。
ハンニバルというキャラは何気に江戸末期の無差別殺人鬼・机竜之助(大正時代の人気小説『大菩薩峠』)を思い起こさせます。しかし机竜之助の衝動殺人が善人悪人を問わず、「運命のランダムさ=仏の剣」を象徴していたのに比べると、ハンニバルの殺人には理由があり、この作品に限っては心の堕落した人間だけが殺されるというあたり、一見アモラルでもニヒリスティックな内容ではないんですね。物語の中に理性と勧善懲悪の装置が働いています。
ほとんど相見えることのない男女の間に運命的な絆が存在し、その絆の正体は名状し難く、互いの本質故に永遠に敵同士である、というのは斬新な関係性です。男女関係の話というのはくっついたらつまんなくなるものなのかしれない、などと思ってしまひましたね。両者の緊張関係がロマンチックです。どこか神話的なラブストーリーで、私は堪能しました。
他はともかく、あのシーンが耐え難く悪趣味
本作は、トマス・ハリスの原作のエッセンスを、
リドリー・スコット監督がこだわりの映像と音楽でまとめ上げた作品だと思います。
冒頭に申し上げておきたいのは、
残酷な連続殺人を優雅に描くなよ、ということでしょうか。
とりわけ、レクターがパッツィー刑事と対峙する「フィレンツェ編」は、
オペラのシーンなど、思わず見入ってしまう美しさです。
他方、ゲスな法務官僚クレンドラーをめぐるあのシーンは、迷わず星2つ減点です。
監督、空気読めよ。カットするか、せめてもっとぼかして撮ってくれ〜!!!
もっとも、連続殺人鬼の捜査に協力するという大義名分があった前作と違って、
本作は、あくまでレクターの殺人美学とクラリスへのねっとりした愛がテーマであるため、
仕方がないとも言えます。
なお、本作と小説との第一の相違点は、ラストであり、
私は断然映画版を推します。小説のクラリスには失望させられましたから…。
第二の相違点は、独房にあっても絶体絶命のピンチにあっても、
常にレクターの意識を冷静に保つ所以である、「記憶の宮殿」への言及がないことです。
この点は、映像化も試してもらいたかったところですが…。
前作には遠く及ばず。
J・フォスターの降板理由が映画を見て分かるような気がする。映画化したいがために無理に作らされたような作風。ただ残酷でショッキングな映像が多いだけ。良かれ悪しかれ監督リドリー・スコットの映像哲学は今回は裏目に出ている。
刑務所の看守も金のために人が変わってしまった。復讐を伺う大富豪もただ悪趣味なだけ。知らない間にレクター博士はアンチ・ヒーロー化してしまった。クラリスを危機に落とし入れた男の脳ミソを食べるシーンではアメリカでは失神者が出た言うが、私もこれにはちょっと着いていけない。
その後のレクターはどう描くのだろう。
まれに見る美しい作品
音楽の使い方・話の運び方・映像・俳優の魅力どれもすばらしいです。あまりに美しいのでいい点を書いていくときりがないので、中でひとつだけ感じた悪い点を書いておきます。それはたぶん脚本か編集の問題だと思うのですが、パッツィ刑事の取り扱い方です。彼には狩られるものとしての役目しか与えられていなくて、結果的に彼の魅力も乏しいうえにフィレンツェ編が少し間のびして見えてしまうことです。存在感はアレグラ・パッツィ(彼女はレクター博士のクラリスに対する思いを長々と引き出すことに成功しているので物語の中で大きな存在感を持っています)と変わらなくなってしまっています。いいポジチョンを与えたのなら、それなりに扱ってあげないとね。
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