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カスタマーレビュー
おすすめ度:
高級なんですね。
(2009-01-07)
いままで手軽に入手できるものだと思ってましたが。50万もするんですね。
貧乏な自分には手を出せません、あきらめます、さようなら。
カセットが全部グレー色で、本体と同系色なことが、とても未来なゲームをやってる感があった。
(2009-01-01)
当時、マリオが出演していたCMを今でもかすかに覚えている。
「こんにちは〜、こんにちは〜……」「尻から火がでる面白さ(だったっけ?)」
発売当初は小学生だったので、本体の値段も下がらないし、友達の家でも結構裕福な家庭にしか置いて無くて、スーファミを持っている家に大量の人数で押しかけたりした。で、みんなTV画面にくぎづけ。エフゼロを見た時、「うお、すげー」って感じだった。
緑青赤黄色のカラフルな箱。
ファミコンよりも一回り大きなサイズは、ゲームの未知の領域への可能性を期待させられた。大きいことがカッコ良かったのである。ファミコンよりもシックなグレーを基調としたカラーリングと、平面的なシルエットは、当時とても未来的で大きな衝撃を受けた!
やはりオリジナル機
(2008-11-24)
最近は互換機も売ってるけど、ROMカセットを力任せに手で引っこ抜くらしいです。
私はそんな怖いことはできません。
よってEJECTボタンがついてるオリジナル機をお薦めします。
今もちゃんと動きます。
(2008-11-23)
もう購入して15年ぐらいでしょうか。未だにちゃんと動いてくれます。据え置き型ハードで一番よく遊んだのも、このハードです。スーパーマリオコレクション、スーパーマリオワールド、スーパーマリオカートなどのソフトも未だに箱、説明書付きで大事にしています。バックアップの電池切れもありません。これからも大事に使っていきます。もう任天堂は修理を受け付けてくれないのですね…一緒に墓場まで持っていきたい一品です(笑)。
機能は強力。しかしCPUが遅いのが結果として仇になっている
(2008-11-02)
もうスーパーファミコンが発売されてかなりの年数が経とうとしている。そのことから思い出話としてレビューを書きたいと思う。
私自身、類似したタイトルでもゲーム機が違えば操作性などが大幅に違うと言うことで時期的にゲーム機のハードスペックを事細かに調査していた時期があったが、もちろんスーパーファミコンもそういったハードスペックを事細かに調べた思い出がある。
確かにゲームはハードスペックで物を言うものではないのだが、この頃のゲーム機は今のゲーム機やパソコンのように潤沢にメモリや処理速度が十分にあったとはいえないため、ハードスペックで出来の良し悪しや、操作性の良し悪しが大幅に左右されたことから、自分としても雑誌などで事細かにハードスペックを調べるのを楽しんでいた覚えがある。
当時競合機種であるPCエンジンないしメガドライブをメインで遊んでいたが、むしろ競合機種だったPCエンジンないしメガドライブの方がスーパーファミコンよりも数倍以上処理速度が速かったおかげもあってゲームとしては遊びやすく、アクションやシューティングなどではスーパーファミコンよりも面白いソフトが多かったのが今となってはとても印象に残っている。
確かに私の友人から譲ってもらったことがあるものの、ほとんどPCエンジンないしメガドライブを主体で遊んでいたものの、PCエンジンないしメガドライブと比較するとCPU処理速度が比べようがないほど非常に遅く、それが仇になってアクションや、時期的にスーパーファミコンが登場した時期に主流だったシューティングゲームなどは非常に遊びにくいタイトルが多かったような印象が今となっては否めない。
(CPUクロック周波数で見るとPCエンジンは7.15MHz(Hu6502)、セガメガドライブは7.8MHz+3.58MHz(MC68000+Z80A、CPU2基入っているため、分けて表記)、スーパーファミコンは1.78〜3.58MHz(65816)だった)
しかしながら、そういった処理速度の遅さが気になりにくいという理由で、比較的RPGや、テーブルゲーム型ないしボードゲーム型シミュレーションが多かったのも印象に残っているが、私としてはアクションないしシューティングを遊びたいとなると、現実CPUが遅いのが原因で実現できなかったものもあったらしく、自分が思ったような感じのタイトルが少なかったのが残念でならない。
確かにCPU処理速度が遅い、最大で使えるROM限界最大容量が4MBytes(=32MBits)までと言う致命的な欠点があるが、それ以外で見た限りでは当時の業務用ゲーム機の主流とも言われていた機能である、拡大縮小回転の機能のほか、8音までのPCM音源が使えるなど、機能面では非常に充実していたのも印象に残っており、スーパーファミコン発売当初はその機能を無駄に使った作品も多かったのも、今となってはとても印象に残っている。
同時に、この時期のゲーム機まではゲームを作る側も、今と違ってそのゲームを作るのに命を懸けていたといってもいいような職人のような人が多かったような気がする。私自身そういった職人のような人を見た最後が1999年までだったかもしれない。
むしろ2000年に入ってからは、厳しい言い方になるがこの頃のゲーム機のような職人は今のゲーム製作側にはいないかもしれないだろう。
開発側も、当時のようにハードの機能に直結するような機械語アセンブラではなく、今の開発側はCコンバイラ言語など多少は理解しやすい言語で開発できるようになったのみならず、ゲーム機の方もメモリやCPU処理速度も潤沢にあるといえるような環境であることから、開発の方は楽になった反面、この頃のようにゲームらしいゲームが減ったような気がしてならない。
確かに拡大縮小回転のないPCエンジンないしメガドライブでスーパーファミコン以上に速いCPU処理速度を使ってソフトウェア処理で拡大縮小回転を実現してみたり、PCM音源を持たないゲーム機でプログラム処理で擬似PCM音声を実現する、ハード的な工夫として本来そのゲーム機では使えないはずの無茶な大容量やそのゲーム機では出ない音を実現するために専用のASICを開発したり、もちろんスーパーファミコンも例外ではなく、スーパーファミコンの処理速度の遅さをフォローするためのコプロセッサを開発してソフトに組み込むなど、この頃のゲーム機はゲームを作る側も職人のような人が多かったと思える。
おすすめ度:
高級なんですね。
いままで手軽に入手できるものだと思ってましたが。50万もするんですね。
貧乏な自分には手を出せません、あきらめます、さようなら。
カセットが全部グレー色で、本体と同系色なことが、とても未来なゲームをやってる感があった。
当時、マリオが出演していたCMを今でもかすかに覚えている。
「こんにちは〜、こんにちは〜……」「尻から火がでる面白さ(だったっけ?)」
発売当初は小学生だったので、本体の値段も下がらないし、友達の家でも結構裕福な家庭にしか置いて無くて、スーファミを持っている家に大量の人数で押しかけたりした。で、みんなTV画面にくぎづけ。エフゼロを見た時、「うお、すげー」って感じだった。
緑青赤黄色のカラフルな箱。
ファミコンよりも一回り大きなサイズは、ゲームの未知の領域への可能性を期待させられた。大きいことがカッコ良かったのである。ファミコンよりもシックなグレーを基調としたカラーリングと、平面的なシルエットは、当時とても未来的で大きな衝撃を受けた!
やはりオリジナル機
最近は互換機も売ってるけど、ROMカセットを力任せに手で引っこ抜くらしいです。
私はそんな怖いことはできません。
よってEJECTボタンがついてるオリジナル機をお薦めします。
今もちゃんと動きます。
もう購入して15年ぐらいでしょうか。未だにちゃんと動いてくれます。据え置き型ハードで一番よく遊んだのも、このハードです。スーパーマリオコレクション、スーパーマリオワールド、スーパーマリオカートなどのソフトも未だに箱、説明書付きで大事にしています。バックアップの電池切れもありません。これからも大事に使っていきます。もう任天堂は修理を受け付けてくれないのですね…一緒に墓場まで持っていきたい一品です(笑)。
機能は強力。しかしCPUが遅いのが結果として仇になっている
もうスーパーファミコンが発売されてかなりの年数が経とうとしている。そのことから思い出話としてレビューを書きたいと思う。
私自身、類似したタイトルでもゲーム機が違えば操作性などが大幅に違うと言うことで時期的にゲーム機のハードスペックを事細かに調査していた時期があったが、もちろんスーパーファミコンもそういったハードスペックを事細かに調べた思い出がある。
確かにゲームはハードスペックで物を言うものではないのだが、この頃のゲーム機は今のゲーム機やパソコンのように潤沢にメモリや処理速度が十分にあったとはいえないため、ハードスペックで出来の良し悪しや、操作性の良し悪しが大幅に左右されたことから、自分としても雑誌などで事細かにハードスペックを調べるのを楽しんでいた覚えがある。
当時競合機種であるPCエンジンないしメガドライブをメインで遊んでいたが、むしろ競合機種だったPCエンジンないしメガドライブの方がスーパーファミコンよりも数倍以上処理速度が速かったおかげもあってゲームとしては遊びやすく、アクションやシューティングなどではスーパーファミコンよりも面白いソフトが多かったのが今となってはとても印象に残っている。
確かに私の友人から譲ってもらったことがあるものの、ほとんどPCエンジンないしメガドライブを主体で遊んでいたものの、PCエンジンないしメガドライブと比較するとCPU処理速度が比べようがないほど非常に遅く、それが仇になってアクションや、時期的にスーパーファミコンが登場した時期に主流だったシューティングゲームなどは非常に遊びにくいタイトルが多かったような印象が今となっては否めない。
(CPUクロック周波数で見るとPCエンジンは7.15MHz(Hu6502)、セガメガドライブは7.8MHz+3.58MHz(MC68000+Z80A、CPU2基入っているため、分けて表記)、スーパーファミコンは1.78〜3.58MHz(65816)だった)
しかしながら、そういった処理速度の遅さが気になりにくいという理由で、比較的RPGや、テーブルゲーム型ないしボードゲーム型シミュレーションが多かったのも印象に残っているが、私としてはアクションないしシューティングを遊びたいとなると、現実CPUが遅いのが原因で実現できなかったものもあったらしく、自分が思ったような感じのタイトルが少なかったのが残念でならない。
確かにCPU処理速度が遅い、最大で使えるROM限界最大容量が4MBytes(=32MBits)までと言う致命的な欠点があるが、それ以外で見た限りでは当時の業務用ゲーム機の主流とも言われていた機能である、拡大縮小回転の機能のほか、8音までのPCM音源が使えるなど、機能面では非常に充実していたのも印象に残っており、スーパーファミコン発売当初はその機能を無駄に使った作品も多かったのも、今となってはとても印象に残っている。
同時に、この時期のゲーム機まではゲームを作る側も、今と違ってそのゲームを作るのに命を懸けていたといってもいいような職人のような人が多かったような気がする。私自身そういった職人のような人を見た最後が1999年までだったかもしれない。
むしろ2000年に入ってからは、厳しい言い方になるがこの頃のゲーム機のような職人は今のゲーム製作側にはいないかもしれないだろう。
開発側も、当時のようにハードの機能に直結するような機械語アセンブラではなく、今の開発側はCコンバイラ言語など多少は理解しやすい言語で開発できるようになったのみならず、ゲーム機の方もメモリやCPU処理速度も潤沢にあるといえるような環境であることから、開発の方は楽になった反面、この頃のようにゲームらしいゲームが減ったような気がしてならない。
確かに拡大縮小回転のないPCエンジンないしメガドライブでスーパーファミコン以上に速いCPU処理速度を使ってソフトウェア処理で拡大縮小回転を実現してみたり、PCM音源を持たないゲーム機でプログラム処理で擬似PCM音声を実現する、ハード的な工夫として本来そのゲーム機では使えないはずの無茶な大容量やそのゲーム機では出ない音を実現するために専用のASICを開発したり、もちろんスーパーファミコンも例外ではなく、スーパーファミコンの処理速度の遅さをフォローするためのコプロセッサを開発してソフトに組み込むなど、この頃のゲーム機はゲームを作る側も職人のような人が多かったと思える。
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